2023-05-13

すべてはLOVE。加地学さんの根っこの部分。

やってきましたよ。はるばる北海道からフェリーで、2tトラックに乗って颯爽と。
2017年、初めてお会いした時にはそれがハイエースだったのでした。あの、伝説のカッチー号。特大のバナナまるごとひと房やらみたらし団子やら望めばなんでも出てくる魔法の車*。

この二人展の予定が決まって以来ずっとこの日を待ちわびていました。チビろばたちは二人そろって加地さんの大ファンです。いやチビちゃんたちだけではありません。家族全員揃ってこんなにも再会を待ち焦がれてしまうだなんて、やはり加地学さんは相当特別な人物なのです。

どうしてこんなにも人を惹きつけるのか。そしてその人のつくる作品はどうしてこんなにも力強く、生命力を感じさせるのか…。実はすでに何度も旧HPで長々と綴っていたのですが昨年HPのトラブルでいったんHPを閉鎖したため、わたしたちが加地学さんについて熱く語ってきたことを知らない方もいらっしゃるかもしれません。運よく加地さんに関する記事はバックアップがありましたので、改めて出会った経緯を記しておきます。

        *  *  *  *  *  *  *  *

「日々何を食し何を考え、どう生きているか。どうしてもそれが形に現れてしまう」

そんなセリフを聞いてから作品を見つめ直してみてもなお、説得力を失わない。伸びやかな力強さ、生命力、空へと向かう土の勢い…なにもかもが、加地学というひとりの人間の生き様を表しているのだと思うと、はじめて作品を見た時の衝撃は偶然なんかじゃなかったんだと思えました。

それほどまでに印象的な出会いでした。焼き物たちとの、そしてもちろん、加地学さんという人との出会いは。おそらく今後わたしたちにの生き方にまで、なんらかの影響を与えてくれるであろう大切な一日となりました。わたしたちと同じ北海道のご出身で工房は留寿都村、あまりに情報の少ない人なのですが他の方のブログで紹介されていた記事などを見ると、ドラマ『北の国から』さながらの暮らしをされていることも知りました。でも何よりも彼の作品そのものがわたしたちに与えたものが大きすぎました。矜持、というのでしょうか。仕事との向き合い方、そしてやはり自分たちの生き方までをも考えさせられました。

「ぜひ会ってみて欲しいんです。」そう言って彼をろばの家に連れてきてくれたのは笠間の作家、船串篤司さんでした。「作品も人も、本当にすごいんです。僕は大好きですね」そう繰り返していました。きっかけは2016年の冬に札幌で人気のフレンチのお店で行われた展示会。北海道の作家さん数名と船串さん、Keicondoさんの二人が笠間から呼ばれ盛況な会となったのだそう。船串さんはその会場で加地さんの作品をひと目見てガツーンとショックを受け、すぐに10点近く作品を買い込んでしまったのだとか。後でそれをろばの家に持ってきて見せてくれました。「使えば使うほどよくなってくるんです。見れば見るほど魅かれるというか…」と加地さんのうつわの持つ不思議な魅力にすっかりはまってしまった様子でした。家ではほとんど彼のうつわばかり使っていると話していました。

「結婚してなかったら今からでも弟子入りしたいくらいです。」…本当ですと何度も強調していた船串さん。でも、ろばの家から加地さんがハイエースで去っていくのを見送ったあと、パパろばまで「俺なんて結婚してても弟子入りしたいよ、マジで。」と言い出したので、わたしも負けずに「パパろばと出会ってなかったら惚れてたな」と応酬してしまいました(笑)。でも半分本気です。カッコよすぎでした。でもぜんぜん気取っていない。お話し好きで底抜けに面白い、気さくで快活な方でした。痩せてひょろりとしているのにあふれ出るエネルギーは隠せない、そんな勢いがありました。何がそこまで周りの人を惹きつけるのだろうと不思議に思いますよね。でもその答えは、加地さんの作品を実際に手に取って見ればわかっていただけると思います。何にも説明なんかいらないんです。ではなぜこんなにベラベラ話す必要があるのかというと、そうせずにはいられないから。きっと、船串さんが彼をわたしたちに紹介せずにはいられなかったのと同じ理由で、こんなすごい人がいるんだよ!という素朴な驚きを、誰かに伝えたくなってしまっただけなのだと思います。

「ハンマーで頭を殴られたみたいだった」とパパろばは加地さんがハイエースから作品を出して並べた瞬間のことを話すと「僕もです。作品見てショックでした。なんなんだろうこの存在感は…って。」と船串さんも続ける。どこまでもついて行きます!!状態の二人を横目に、ろばの家の大きなテーブルに並んだ作品をひとつひとつ手にしてみる。ゴツイといえばゴツくて武骨な雰囲気なのですが、なんともいえない愛嬌があります。真面目すぎずひょうきんな気取らなさがあるのです。

岩のように頑丈で硬く焼きしまったていることは一目瞭然です。ひとつひとつが、それぞれ意思を持った生命体のよう。粘土細工をコマ撮りしたクレイアニメーションさながら、ニョキニョキと地面から盛り上がって出来上がった形のようで、今にも動き出しそうです。そういえば、どんな作品を作りたいのかという話の中で「昔、写真家の土門拳が仏像を撮るときに”早くしないと動き出してしまう!”と言って急いで撮影していたという話を聞いて鳥肌が立った。そんな焼き物を作ってみたい。…うつわが動き出すわけないんだけどね」と少し照れたように笑っていたのが心に残っています。加地さんのうつわから感じる、裏山から掘り出してきたばかりとでもいうような土の息遣いや生命のあたたかさ、口を開けて笑い出しそうな愉快なカタチ…なにもかも、生きるパワーの象徴に思えてきます。

加地さんのうつわは本当によく焼き締まっていて密度を感じるので「やはりそれは窯の温度や時間の長さが関係していて、どれだけ圧力をかけられるかという点がポイントなのですか?」と尋ねると「もちろんそれもあるだろうし一般にそれが原因だと考えられているけれど、それだけじゃないんだよ。」と説明してくれました。ろくろの時からきっちり引き締める。その全ての行為に”どれだけ込められるか”なのだと言い「込めるといっても力を入れるという意味ではないよ。」と教えてくれました。そのとき「そいつが何を食べ、どういう暮らしをしているか、それがどうしたって出てしまう」というセリフが飛び出したのです。「だからそうあれるよう、常に心がけてはいるつもりなんだけどね。」そう話している横で船串さんが「なんか、ろくろ挽きたくなってきました」とそわそわしているのを見て、なんだかこの人たち青春だ~と思ってしまいました(笑)。熱血陶芸漫画のワンシーンを見ているようでゾクッとしましたよ。そんなのあるかどうか知らないですけど。

本当は、加地さんがその日面白おかしく話してくださった数々の武勇伝もご紹介したかったのですが紙面がいくらあっても足りません。日本全国をバイクで旅しているうち和歌山の陶芸家、森岡成好さんの工房で出されたコーヒーのうつわに感動してその場で弟子入りを申し出たこと。運命のいたずらかその日に阪神大震災が起き帰ろうにも帰れず、結局そのまま修行に残ってしまったこと…などなど。ほかにもドラマチックなストーリーが次から次へと飛び出していました。後日、北海道の作家さんから学生の時はインターハイにも出場したボクサーであったこと(加地さんにお会いした時の第一印象は和製スタローンでした!)や、携帯やメールアドレスも持たず**、コミュニケーションはほとんど書簡によるものであることなども聞いて、さらに納得です。

若いころにインドを旅して手仕事の逞しさに目覚めたという加地さん。そこから彼の陶芸への道ははじまったそう。生きることは食べることです。土が本来的な役割として備えているような、生命力を感じられるうつわ。「こんなうつわで飯食ったらさ、元気でそうじゃん」そう言いながら飯碗を選んでいたお客様がいたことも、お手紙で伝えなければ。

自らを”焼き物屋”と呼ぶ加地学さん。その焼き物に魂が宿っていることを彼は自覚しているのだろうか。彼のような人と同時代に生き、彼の手から生まれた焼き物に触れることができること、そしてそれを誰かに手渡せる機会に恵まれたことに、この特別な出会いに、心から感謝します。


以上が2017年に加地さんがわたしたちに会うために、岡山からハイエースで北海道へと向かう途中に大きく寄り道をしてつくばに立ち寄ってくださった時のことを綴った記事です。

その後2020年に展示をお願いした時も船串さんとの二人展という形になったのは自然な流れで、それをわたしたちは裏で「心の師弟展」と呼んでいたのでした。あれから3年。再びろばの家で、船串さんと二人で展示をしていただけることになったわけですが、くしくも二人とも同じタイミングで新工房へと引っ越し、新たな環境で制作活動を開始ししたばかりという共通項まで見つかり…。

それでサブタイトルが『新天地』だったわけです。加地さんから届いた引っ越しのお知らせに大きく筆書きでその三文字が描かれていたのです。DMの文章にも引用させていただいたのですが、加地さんは「自分とは何か?自分って有るのか?私は一人みうら教としてみうらじゅん先生の教えを笑い楽しんでいます。」と、自ら敬愛するみうらじゅんさんの著作をお勧めしてくださいました。かずかずの名作がある、という中その時は「LOVE」と「自分なくしの旅」の2冊を教えてくれました。

加地さんの作品が放つ生命力、加地さんご本人から感じられる懐の深さについて、みうらさんの本を読めばもっと理解できるのでしょうか。「結局すべては愛なんだ」というテーマが、直接的にも間接的にも話題の中に何度も挟み込まれていました。

LOVE…。それはわたしとパパろばとの間で「ろばの家は何を一番に大切にすべきか」というような話をしている時に、ここ数年ちょいちょい出てくるようになったキーワードでした。そして船串さんも「そうなんです。結局愛なんですよ」と事あるごとにLOVEを持ち出してはみんなでうなづき合っておりました。

加地さんは朝目が覚めるとまず「今日も生きている」ことに感謝してしまうのだそうです。そうして飛び起きて工房に、轆轤に向かうのだと。一分、一秒だって無駄にはできない。神様が自分をまた一日、生かしてくれたのだから、と。

◇加地学さんの作品はコチラです。


*カッチー号からなんでも出てくるマジック話は旧HPに掲載されています。
**2023年現在加地さんはスマホを所有しています。

関連記事