2023-06-28

「自分の心地よいところを探しながらシンプルに」平沼秀祐さんに会いに秩父へ。

「お上手でございます」何度そう言って、励ましていただいたでしょう。わたしたちが工房でろくろ体験をしている間のことです。秀祐さんのお父様は長瀞町で40年以上も体験工房を運営されていて、今では町の観光名所となっています。もともとご自身も作家として陶器を制作されていましたが、ライン川下りやかき氷で有名な観光地、ハイキング客も多い宝登山の参道のど真ん中で文化的な体験も喜ばれるのでは?と体験工房を開き、今や多い日では1日に50人も申し込みがあるという人気のスポットです。

最近になって秀祐さんが経営を継いでからも毎日お父様も現場に現場に立ち、粘土の扱いからろくろのコツまでわかりやすく丁寧に、初心者でも飽きないよう面白おかしく説明してくださいます。

工房を手伝いながら自身も作家として活動するため5年ほど前にご実家に戻ったという秀祐さんですが、実は陶芸を始めたのは7年前。敦子さんと出会った常滑の陶芸研究所に入った時は素人状態だったのだそうです。小さなころから作家のお父様の間近で陶芸を見てきたのに、全く興味がわかなかったと言いいます。それがなぜ急に…と質問すると、

「いろいろやりつくしてきて、そろそろ地元で落ち着こうかな、と思って」と。

その「いろいろ」がすごい。

何の話からか音楽の話になり、ヘビメタのアーティスト名でパパろばと意気投合していた秀祐さんですが「パパろばこう見えて高校生の時はベースをやってたんですよ」というと「僕もバンドやってました。それでよく演奏活動で北海道に行ってたんです」と。演奏活動?セミプロですか?と思いきや、わたしでも名前を知っているような有名なバンドと同じ事務所に所属してCDまで出していたというので驚きました。セミプロどころか完全にプロです。パパろばはその同じ事務所だというバンドを「高校生の時めっちゃコピーしてました」と興奮気味でした。


北海道を中心に演奏活動をしていましたが4年ほど続けたのち秀祐さんはグループを脱退し、以後音楽活動はキッパリとやめてしまいます。そしてなんとその次は飲食業界に入り、焼き鳥屋さんをやっていた…というからまた驚きです。何でも極めてしまうタイプなのかと想像してしまいました。


そこからの、陶芸転身。一体何があったというのでしょう。聞いてもただ「まあ、そろそろいいかなって…」とふわっと笑う秀祐さん。肩の力が抜けていて自然体な雰囲気なのに、礼儀正しくきちんとしていて落ち着いているんですよね。一緒の空間にいてくれるだけで妙にホッとします。飲食時代の習慣が身についてしまっているのか、常にわたしたちのことも気にしてくれて、飲み物があるかなど気を配るのを忘れません。


「とにかく器用なんですよ。なんでも卒なくこなすというか、何やっても上手で…。お料理も色々やってくれます」と敦子さん。「たまに体験工房が忙しいときにはわたしも駆り出されるんですけど、教え方も上手です。わたしは他人に教えるのとかそういうの苦手で…」と下を向いていました。なんとなくわかるかも…(笑)。


そうなんです。秀祐さん。教え方も上手いし人をやる気にさせるのも上手。教師なんかも向いていそうです。体験工房でわたしたちド素人を相手に懇切丁寧に我慢強く教えてくれる姿は、ベテランのお父様を見て納得でした。あの、的確な説明と相手をリラックスさせるような気遣いは、数をこなしているだけでは身につかないスキルだと思います。


「はい、左手は猫の手で。ニャーですよ。ニャーの手でね。力は入れずに、ただ添わせるだけですよ。ほら、できた!お上手でございます。」と、聞きほれてしまう滑らかさ。こちらもついつい気分よく、次々に要望を伝え、自分の作りたい形に少しでも近づけるよう何度でも質問してろくろをレクチャーしていただきました。そう、相手に遠慮をさせない工夫って、技術ではなく才能、何より思いやりだと思います。誰にでもできることではないですよね。


同様に、自分にはできて相手にはできないことを教えるのって、とても難しく労力を要することだと思うのですが、それが本当にお上手なんです。ストレスに感じないのか、にこにこと始終穏やかに何度でも説明を繰り返してくれます。わたしがロクロでなかなか作りたい形に近づけられず困っていたところを、先生(秀祐さん)が手を加えることなく自分でその形に持って行けるよう、表現を変えながら理解できるまで根気よく教えてくれました。自分だけの作品を作りたいと願う人には何より嬉しいことだと思います。わたしにとってはじめてのろくろ体験でしたが、他の体験工房でここまで親身に寄り添ってくれるだろうかと疑問です。長瀞の一隅舎という工房ですので陶芸に興味がある方は一度行ってみてください。


こんな風にサッと最短距離でご自分の目指す形を作り出してしまうのかなあ、すごいなあ、とパパろばと作品を眺めてため息です。とても陶芸を始めて7年とは思えません。プロとわたしたちを比較しては失礼ですが、ろくろがいかに思い通りにならないかを痛感した直後に見るとなおのこと、不可能なことに思えてしまいました。もちろん、そこに至るまでにはいろいろと試行錯誤や苦労もあったはずなのですが、作品からは一切泥臭さを感じさせないのです。粗削りなところが見当たらない。すべての作品が一貫して完成度が高く、むらがないのです。どれもこれも端正で気品があり、スッとした立ち姿が清々しく感じられます。暑い中一緒にいても一向に汗をかいていないように見える涼し気な人、いますよね。それに近い爽やかさ、と表現すればいいのでしょうか。

「木を燃やしてできた灰を釉薬の原料に使用し、土と灰釉のシンプルな器づくりを心掛けてます。 素朴な器が好きで自分の心地よい所を探しながら制作しています。」と、秀祐さん。必要以上に飾らず、あるがままに自然体で話す感じも「らしさ」を表している気がします。

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